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2023. 12. 23

自動車HIDランプ用電子安定器の製作


【注意】感電します!


Automotive Head Lamp

自動車のヘッドライト電球としては古くからハロゲンランプが使用されてきましたが、'90年代後半に自動車用HIDランプが実用化されました。HIDランプは効率がハロゲンランプより数倍高いためバッテリへの負担を抑えつつより大きな光束が得られ、また、理想に近い点光源であるため配光制御も容易になります。初期コストはハロゲンランプより高いものの、長寿命であるため長期的には経済的です。このため、'00年代末には多くの自動車に標準装備されるようになりました。

さて、HIDランプがほぼ産業用に限られていた中、自動車用HIDランプは唯一家庭に普及したHIDランプと言えます。そんな最も身近にあり安価なHIDランプ、電球マニアなら自作の点灯装置でこれを光らせてみないわけにはいきません。しかし、自動車用HIDランプはヘッドライト用としての要件に基づく特殊な特性を持っているため、以前製作した汎用HIDランプ安定器では点灯することができません。そこで、新たに自動車用HIDランプ安定器を製作してみることにしました。このプロジェクトは、汎用HIDランプ電子安定器からの派生プロジェクトとなるので、そちらと併せて読むと分かりやすいと思います。

自動車HIDランプ点灯装置

自動車用HIDランプの特徴

図1. 自動車用HIDランプ(H1マウント)
H1 HID Lamp

図1に自動車用HIDランプを示します。ランプの仕様は、ECE99規格でD1/D2/D3/D4の4種類が規定されていて、交換ランプの互換性は世界共通です。これ以外にもレトロフィット用としてハロゲン球マウントの製品が存在します。ランプの電気的仕様は表1のようになっています。HIDランプの種類としてはメタルハライドランプとなりますが、水銀使用の有無で2つの電気的仕様に分かれ、D3/D4が水銀フリーとなります。D1とD2(D3とD4)の違いはランプベース部の形状のみとなります。

表1. 自動車用HIDランプの仕様
項目D1/D2D3/D4
ランプ電力35±3 W
ランプ電圧(矩形波交流)85±17 V42±9 V
光束2800±450 lm
色座標x=0.375, y=0.375 (4000K)
光束立ち上がり25%(1秒), 80%(4秒)
ホットリスタート時間消灯から10秒以内

自動車用ヘッドランプに求められるユニークな要件として、仕様の最後の2項目にある素早い光束立ち上がり素早い再点灯がありますが、これらはHIDランプの苦手とすることでした。自動車用HIDランプでは、前者を満たすためバッファガスとしてアルゴンの代わりにキセノンが高圧(5気圧)で封入され、点灯開始時はキセノンランプとして光束を確保しています。そして、熱容量の小さい小豆サイズ程度の極小放電管を特殊な制御プロファイルで駆動して素早く温度を立ち上げています。後者については、強力なイグナイタを用いることで瞬時再始動を実現しています。

点灯装置の構成

図2. 自動車用HIDランプシステム
Lamp Driver

図2に自動車用HIDランプ点灯装置のシステム構成を示します。基本的には一般照明用の電子点灯システムと同じ構成となります。バッテリからの直流電源は、フライバックコンバータで昇圧され、それをインバータで200~400Hzの矩形波交流に変換してランプに供給します。なお、自動車HIDランプ安定器は当初からDSPやマイコンによるデジタル制御の電子安定器のみとなっています。

自動車用HIDランプの放電管にはキセノンが高圧で封入さているため、ブレークダウン電圧はDCで数kV、パルスで15kV程度と一般照明用HIDランプに比べて高くなっています。また、仕様にあるホットリスタートも必須要件となります。これらの理由から、自動車用HIDランプ点灯装置では20~30kVの特高圧パルスを発生できる強力なイグナイタが使用されます。イグナイタの配置には、安定器内蔵式、中間式、およびランプホルダ内蔵式の3通りがあります。

ならば、一般照明用HIDランプも強力なイグナイタを使えばホットリスタートできるのではないか、と思われますが、そうはいきません。灯具、ソケット、口金、ランプ内部構造に至るまで特高圧パルスに耐える仕様になっていないからです(両口金ランプと特殊な灯具の組み合わせでは可能)。

仕様の決定

表2. 電子安定器の仕様
対応ランプD1/D2 自動車HIDランプ
ランプ電力(Po)35/50 W
ランプ電流(Io)最大1 A
無負荷電圧(Vo)380 V
イグナイタ内蔵 (25 kVPK以上)
コントローラSTM32L010
電源入力(Vi)AC90~125 V, 50/60 Hz
効率(η)約93 % (Vi=100 V, Po=35 W, 実測)
力率(PF)約67 % (Vi=100 V, Po=35 W, 実測)

自動車用HIDランプ安定器は、当然のことながら12Vまたは24Vの直流電源で動作しています。しかし、市販品と同じものを作っても面白くないし、車載で使用するわけでもないので、本プロジェクトではAC電源用で設計してみることにしました。製作した電子安定器の仕様を表2に示します。

電力が小さいためPFC機能は省略したので、力率は悪くなっています。また、市販の交換ランプが35/55W両対応しているものが多いため、設計のマージンを使って50Wモードを追加してみました。

HIDランプ安定器の回路と機能

図3. 回路図 | 基板
Circuit Diagram

図3に自動車HIDランプ安定器の回路を示します。回路図中の赤文字と青文字のマークは、本文で示すオシロ波形のプローブポイントに対応します。

昇圧コンバータ

ランプ電圧は、始動時400V程度、ウォームアップ時20V程度、安定動作時85V程度と、広い範囲で変動します。このため、車載用のHIDランプ安定器では、12/24Vの電源入力をフライバックコンバータで昇圧してランプに供給します。このプロジェクトでも当初は巻数比1:1のフライバックコンバータを検討しましたが、「1:1ならSEPICコンバータでいいじゃないか。巻線の利用率が良くなって、スナバも要らないし。」ということで、SEPICコンバータで設計してみました。トランスT1はジャンク電源から得たトランスを巻き直したもので、400μHの結合インダクタに設定しています。

ブースト回路

コンバータ出力に並列に入っているC10と抵抗/ダイオードの回路はブースト回路といって、放電開始の瞬間に十数Aのサージ電流をランプに流すためのものです。これにより電極に確実にホットスポットを形成し、一発で安定に始動できるようにしているのです。

DC-ACインバータ

自動車用HIDランプも一般照明用HIDランプ同様にAC駆動となっているので、昇圧コンバータの出力はHブリッジインバータで矩形波交流電流に変換されてランプに供給されます。音響的共鳴現象の防止の点および直列にイグナイタ(インダクタンス)が挿入されることもあり、周波数はあまり高くすることができません。このため、駆動周波数は通常100~数百Hzの範囲に設定されます。このプロジェクトでは250Hzとしました。

イグナイタ

図4. イグニッショントランス
Ignition Transformer

インバータ出力部のT2がイグニッショントランス(図4)で、フェライト棒のコア(D=6mm,L=30mm)に、一次側は銅箔リボンを5T(800nH)、二次側はラッピング線を240T(1.7mH)としています。当初得られた結果は、予想に反してピークがつぶれた奇妙な出力波形となっていました。原因を探るため巻線をほどいて確認したところ、単純に多層並行巻きしたため二次側の層間で放電を起こしていたのが原因でした。この写真に見えるカビのようなものが放電痕です。これは誘電体バリア放電なので巻線の被覆が絶縁破壊しているわけではありませんが、それにエネルギーを食われて出力電圧が低下するのは好ましい状態ではないので、シリコンシーラントで巻線の隙間を埋めながら巻き直しました。このように、高電圧を発生するトランスでは、巻線の絶縁処理や巻き方にはひと工夫必要になってきます。

ランプ制御と動作

図5. ランプ制御ブロック図
Control System
図6. 動作波形(Vi=100 V,Po=35 W)
Waveform

図5に昇圧コンバータ制御図を示します。昇圧コンバータの動作モードは汎用HIDランプ安定器のPFC回路でも採用したC-CCMとしています。電流制御はそれと同じ手法でインダクタ電流のフィードバックなしのソフトウェア演算による予測(フィードフォワード制御)で行っています。甘いモデル化による予測なので出力電圧によっては最大20%程度のゲインエラーが発生しましたが、電流制御はマイナー制御なので特に問題にはなりません。メジャー制御ループである電力制御は、ランプ電流をフィードバックして正確なランプ電力に制御しています。

図6に昇圧コンバータの動作波形を示します(Ch1:電圧A, Ch2:電圧B, Ch4:電流C)。トランジスタのドレイン電圧の波形から、ソフトウェア予測によるC-CCM動作と谷点スイッチングはうまく動作しているのが分かります。このため、スイッチング効率はとても良く、トランジスタの損失はヒートシンクが不要なレベルでした。一方、トランス巻線表面の温度上昇は、35Wで38℃、50Wで62℃程度とかなりの損失となっています。今回はそれぞれウレタン線0.5×2条で巻きましたが、やはり大きな電流リプルの下で銅損を減らすにはリッツ線は必須なようです。ms周期のリプルは、インバータのオルタネーション動作とイグニッショントランスのインダクタンスによる電流の乱れによるものです。

図7. コールドスタート
Inverter Waveform

始動時のDC駆動

図7にコールドスタート時のインバータ出力部の波形(電圧D)を示します。テイクオーバ直後に周波数を低下させているのは、アークを安定させるため両電極に対して短時間のDC駆動を行っているためです。その後、通常のAC駆動を開始します。

電力ブースト機能

素早い光束立ち上がりを実現するため、自動車用HIDランプでは点灯開始時のランプ温度が低い間は定格の倍程度の電力を投入する制御が行われます。これは、キセノン発光の効率の低さを補うのと同時に素早く放電管温度を上げるためです。放電管温度はランプ電圧で推定され、60V以下では電圧が低くなるほどランプ電力を高く補正します。ただし、電極の消耗を抑えるため、75W/2.6Aを超えない範囲に制限されます。なお、本プロジェクトでは電力ブースト機能は実装せず設定した電力に固定としたので、光束立ち上がりはECE99規格を満たしていません。

動作ステート

図8. ステート図
State Diagram

HIDランプは寿命末期に異常な動作を示すことがあり、その場合も安全に停止しなければなりません。確実なランプ始動およびランプ動作状態の監視ため図8に示すステートを設けて動作状態を管理しています。

リセット

起動待機状態。昇圧コンバータ停止。電源ONまたはBOD検出で常にこのステートに入ります。VINが規定の範囲に入ったらイグニッションに遷移します。

イグニッション

昇圧コンバータとインバータを起動します。無負荷なのでランプ電圧は最大値(380V程度)まで上昇し、イグナイタが動作してランプに始動パルス電圧が加えられます。テイクオーバに成功してランプ電圧が低下したらランニンフへ遷移します。T1時間(1秒)経ってもテイクオーバ成功しないときはイグニッション失敗(ランプ寿命または負荷オープン)としてフォールトへ遷移します。

ランニング

点灯開始後、放電管温度が安定しランプ電圧が規定の範囲に入ったら安定状態と見なします。出力オープン(立ち消え)や出力ショート、ランプ電圧異常を検出したらこのステートを抜けます。ランプ電圧異常は、ランプ電圧が規定の範囲をT2時間以上外れている状態を意味します。原因は、放電管リークによるランプ電圧低下、寿命によるランプ電圧上昇などがあります。これらの異常を検出したら点灯不能としてフォールトへ遷移します。

フォールト

ランプまたは配線の異常を検出した状態。全動作停止。

資料

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