以前見た、ニコラ・テスラについて描かれた映画かテレビか伝記本(どれだったかは記憶が曖昧)で、帯電した猫からあるヒントを得たというエピソードが描かれていました。実際、猫にブラシがけすると数mmのスパークが発生するほどの静電気が起きることがあり、実際にどの程度の電圧が発生しているのか測ってみたくなりました。このプロジェクトでは、帯電した物体の表面電位を非接触で測定するメータを製作します。
静電気とは物体の中または表面に蓄えられている電荷のことで、物体が電荷を帯びることを帯電といいます(図1a)。帯電体の電位は Q = CV からその物体に蓄えられた電荷の量(電気量)に比例することになります(Qは電気量、Cは物体の静電容量でVが電圧)。意図しない帯電が起きる原因は図に示すような直流電源による充電より、むしろ摩擦帯電(異種材料の接触・分離に伴って起きる電子の移動)によることが殆どです。なお、図では正の荷電粒子が移動しているように描かれていますが、導体(固相)の中を移動できる荷電粒子は自由電子(つまり負電荷)だけなので、図に示すような正電荷は電子(-)と原子核(+)の電荷のバランスがプラス側に偏った(電子の不足した)状態を意味します。
静電気の電圧測定は、一般的な電圧測定とは異なり非接触で行う必要があります。なぜなら、電圧を測るために測定対象にプローブを接続すると、図1bに示すように蓄えられた電荷が瞬時に逃げてしまうからです。流出した電気量を得ることは可能ですが、電気量だけでは電圧は分からないし、測定対象の帯電状態を変えてしまいます。また、帯電する物体は導体とは限らず、絶縁体の表面に帯電する状態もあり、これなどはプロービングさえ不可能です。静電気の電圧は一般的に数kV以上と高いことも直接的な測定を困難なものにしています。では、どのようにして静電気の電圧を測ればよいのでしょうか。
電荷はその周囲に電場(電界)を生成します(図2)。点電荷から発せられる電界の大きさ(電界強度)はその電気量に比例し、距離の2乗に反比例します。したがって、ある一定の条件で物体近傍の電界強度を測ればそれを生成している電気量、そしてそれに比例する電圧も分かります。空間の各点における電界の向きと強度は図に示すように電気力線の向きと密度で表現されます。
電界強度の測定には様々な方法がありますが、静電界を測定する場合は図3に示すようなしくみが良く用いられます。静電シールドされたケース内にはアースされた検出電極が収められ、ケースには測定対象に向け反復して開閉する窓が設けられています。窓が閉じているとき(図3a)は遮蔽効果によりケース内には電界は及ばず、電極の電荷は中性を保っています。窓を開く(図3b)とケース内に電束が進入し、電界に晒された検出電極にはクーロン力で引き寄せられた電荷が流入します。再び窓を閉じると電界が消失し、電極の電荷は互いの斥力でアースに逃げていきます。
このように何らかの手段で電界をチョッピングすることにより検出電極に電荷が出入りし、その電気量は検出電極の静電容量と電界強度に比例します。そして、電荷が移動するということは、電流が流れることを意味します。この電流を図4に示すように増幅・同期検波して平滑すれば電界強度に応じた直流出力が得られます。動作的にはチョッパ安定化アンプと同じで、微弱な電流を安定に検出できる構成といえます。
図5に本機の回路図を示します。検出電極への電荷の出入り(=電流)はトランスインピーダンスアンプで電圧に変換され、これをマイコンでデジタイズしたのちソフトウェア処理します。結果は3桁の7セグLEDに表示(kV単位)されます。最下位桁のdpは極性表示(点灯で負電圧)に割り当てています。
測定ポイントのガイドのため、2本の交差するレーザ光を対象物に照射します。そしてレーザスポットが重なるように本体を保持すれば常に一定の距離(本機の場合40mm)を保つことができ、同時にそこが測定円(φ40程度)の中心となります。
シャッタはメカニカルな機構なので、いくつもの手段が考えられます。市販のメータではコンパクトな共振型シャッタがよく使われているようですが、このプロジェクトでは切り欠いた円板を回転させるロータリシャッタとしてみました。シャッタディスクはアースに落としておく必要があります。回転速度は500~1000rpm程度とし、開閉タイミングは切り欠きをフォトリフレクタで検出しています。
ケースは静電シールドを兼ねるため、タカチのプラケース(SW-100)にニッケル系導電塗料を吹いて導電性を持たせています。最初は内面だけ処理していましたが、外面が帯電してオフセット誤差の原因になったので両面を処理する必要がありました。金属ケースの場合は両面とも無処理とする必要があるでしょう。ケースにはバナナジャックを設けてアースに接続できるようにしています。
タイマ出力により5kHzでA-D変換をトリガし、測定動作はこのA-D変換割り込みで駆動されます。測定プロセスはシャッタの開閉に同期して進行し、シャッタディスク6回転を1シーケンスとしてシーケンス完了毎に結果を更新します。最初の1回転では自動ヌル、次の4回転で同期検波と積分、最後の1回転では測定ではなくバッテリ電圧のチェックを行っています。
前節に出たように、測定・校正は次に挙げる条件下で行います。
測定値は本体ケースの電位が基準となるので、絶対電位を得る必要があるときは本体をアースに接続しておく必要があります。アースしないで本体を持って測定したときの読みは人体に対する電位となり、そのままアース面を測れば人体の電位(読みの逆極性)が分かります。測定可能な最大電圧はアンプ出力が飽和しない範囲(本機の場合は±50 kV程度)となり、飽和した場合は"Err"表示となります。
未校正の状態では強制的に"U.C."表示が出て測定は行いません。ジャンパスイッチでマイコンのPB3をGNDに落とすことで校正モードとなります。電源ONするときはヌル調整のため測定窓をアース面で覆っておきます。ヌル調整が終わり"CAL"表示が出たら、基準電圧(+5.00 kV)を加えた金属板を測定しながら電源OFFすると、そのときの読みが+5.00 kVになるようにゲイン調整され、校正値がEEPROMに書き込まれます。
なお、本機の校正のため、これに先立って高圧電圧源を製作しています。