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2022. 7. 21

汎用HIDランプ電子安定器の製作


【注意】感電します!


Self Ballast HID Lamp

人の暮らしに欠かすことのできない照明用ランプ。家庭用など身近なものとしては、白熱ランプや蛍光ランプが古くから使われてきました。事業用ではこれらに加え、HIDランプ(High Intensity Discharge Lamp; 高輝度放電灯)が広く使われています。例えば、屋外全般および大規模屋内施設の照明として現在主流となっている高圧ナトリウムランプやメタルハライドランプ、高圧水銀ランプ(水俣条約により2021年から廃止)などがHIDランプに分類されます。

さて、家庭用として長らく愛されていた白熱ランプや蛍光ランプですが、LEDランプが普及し始めて僅か10年程の間に淘汰され、現在は交換ランプだけ供給されるにすぎません。HIDランプも小出力タイプから徐々にLEDランプに置き換えられていますが、大出力クラスではLEDランプのアドバンテージが低いためか、まだHIDランプが主流を占めています。LEDランプ黎明期には物珍しさから私もLED照明を自作したりしましたが、ありふれた存在になるとつまらなくなるもの。それとは逆に、急速に消えゆくガラス球にノスタルジアが募るようになり、にわか電球マニアとしてHIDランプを集め始めてみました。しかし、ランプだけあっても意味がありません。これらのHIDランプを点灯させるためには、それぞれに適合した安定器が必要になるのです。そこで、多くのHIDランプを点灯できる電子安定器を製作してみました。

電子安定器

図1. チョーク式安定器と電子式安定器

放電ランプの点灯には、安定器(バラスト)といってランプに流れる電流を制御するインピーダンス素子が必要になります。これはLEDに直列に抵抗を挿入するのと同じ理由です。放電ランプの場合は交流電源で駆動されるため、図1aに示すようにインピーダンス素子にチョークコイル(インダクタ)を使うことで損失の低減と放電の安定を図っています。このチョークコイルによる電流制御機能を小型軽量な電子回路で置き換えたのが電子安定器です。

HIDランプ用電子安定器では一般的に図1bに示す構成をとります。まず、昇圧コンバータで電源入力をランプ駆動に必要な電圧(300V以上)に昇圧します。昇圧コンバータはPFC(Power Factor Correction; 力率補正)機能を兼ねていることが多いです。次に定電流制御の降圧コンバータでランプ電流を一定に制御します。一般照明用のHIDランプは全て交流駆動なので、降圧コンバータの出力はインバータで150~300Hz程度の矩形波交流電流に変換されてランプに供給されます。イグナイタは、始動時にランプ放電開始に必要な数kVのパルス電圧を発生します。

蛍光ランプ用電子安定器のように高周波駆動すれば回路も制御も大幅に単純化できそうなものですが、放電管圧力の高いHIDランプでは音響的共鳴現象という厄介な問題があります。これは、交流アークの発する音波が放電管内で定在波を形成してアークが振られる現象で、ちらつきや立ち消えが発生したり最悪の場合放電管の破裂に至ることもあります(動画)。これを避けるため、HIDランプでは低周波駆動または直流駆動となっているのです。'90年代には盛んに高周波駆動の研究が行われましたが、効率アップなどのメリットも無いことから、結局実用化されることはありませんでした。

仕様の決定

基本機能は市販の電子安定器に倣います。対応するランプ電力は最大100Wとし、E26口金の小型ランプを中心にカバーします。何分、電球マニアが電球を光らせて楽しむ:-)ために作るものなので、様々な種類のHIDランプに対応する必要があります。このため、システムの制御はマイコンによるデジタル制御とし、それぞれのランプの特性に合わせたパラメータをプリセットしておいて切り換えできるようにします。最近のマイコンは安価で高性能なので、この程度の制御なら昔のようにDSPを使う必要はもはやありません。今回使ったマイコンも100円以下のものです。製作した電子安定器の仕様を表1に示します。

表1. 電子安定器の仕様
対応ランプメタルハライドランプ, 高圧ナトリウムランプ, 水銀ランプ,
(低圧ナトリウムランプ, 蛍光ランプ)
ランプ電力(Po)20~100 W, この範囲で最大10プリセット
ランプ電流(Io)最大1.5 A
無負荷ランプ電圧(Vo)360 V
始動パルス電圧(Vp)4 kVPK以上
コントローラSTM32L010
電源入力(Vi)AC90~250 V, 50/60 Hz
効率(η)~93 % (Vi=115 V, Po=100 W, 実測)
力率(PF)≧99 % (Vi=115 V, Po=100 W, 実測)

カッコ内のランプはHIDランプではなく特性も大きく異なりますが、多くの種類の放電ランプを駆動するのが目的なので、これらも対応ランプに加えておきました。なお、HIDランプは始動器を内蔵していないタイプに限ります。

今回製作する電子安定器は、大きく分けて3つの機能(昇圧コンバータ(PFC制御)、降圧コンバータ(ランプ電流制御)およびインバータ(DC-AC変換))により構成されます。PFC機能は電子安定器の本質ではないので、専用ICで済ませてしまってもよかったのですが、マイコンの余力は十分だしせっかくの機会なので勉強を兼ねて自前実装することにしました。PFCとそれ以外の機能は互いに独立しているので、個別に説明することにします。

電子安定器の設計と製作(PFC編)

電源高調波電流の発生と規制

図2. 線形負荷と非線形負荷

商用電源の電圧波形はほぼ正弦波となっていて、それに含まれる周波数成分は50Hzまたは60Hz単一となります。また、接続される負荷が白熱電球や電動機のような線形負荷なら、力率の良し悪しはあれども電流波形は電圧波形とほぼ同じ正弦波となります(図2a)。しかし、実際の負荷の中には電流が正弦波にならないものがあります。例えば、従来型スイッチング電源などキャパシタ入力型電源の機器では、図2bに示すように電流が非正弦波となります。非正弦波には歪みの程度に応じた高調波成分が含まれていて、それらは有効電力に寄与しない無効電流となります。つまり、誘導性負荷と同様に力率が悪化するわけですが、問題はそれだけではありません。このような機器が増えるにつれ、電源ラインに流れる高調波電流が様々な障害を起こすようになってきたのです。

これに対応するため、高調波電流の規制が行われるようになりました。例えばIEC 61000-3-2では低圧商用電源に接続される機器についてクラス分け、測定条件、許容値などが定められています。日本においてはこれを基にしたJIS C 61000-3-2で同様に定められます。

高調波電流は進相キャパシタで打ち消すことはできません。規制に適合するためには、何らかの方法で高調波電流の発生を減らすことになります。古くからあったのは、高調波電流をラインフィルタ(LC回路)で阻止するパッシブ方式ですが、低周波領域では大きなチョークコイルが必要になるので、小型電子機器では非現実的と言えます。したがって、PFC回路といえば電子回路で電流波形を整形するアクティブ方式となります。

PFC回路のしくみ

図3. アクティブPFC

図3に示したのが基本的なアクティブPFC回路の構成で、キャパシタ入力型電源の整流ブリッジと平滑キャパシタの間に昇圧コンバータを挿入した形になります。入力電流が常にコンバータの制御下にあるようにするため、PFC回路の出力電圧は入力電圧のピーク値より高くなければなりません。出力電圧は100V系なら200V、200V系なら400V程度が効率の点で最適ですが、ユニバーサル入力対応と負荷回路の設計の都合上、400V前後に固定されることが多いようです。

昇圧コンバータは図に示すように電流モード制御となります。ただし、普通の電流モードコンバータとは違い、入力電流の瞬時値iINが電流指令に入力電圧の瞬時値vINをかけた値となるように制御されます。これにより、定常状態においてiINvINに正比例することとなり、PFC回路は純抵抗負荷のように振る舞うのです。

PFC機能の実装

インダクタの導通モード
図4. インダクタの導通モード

ダイオード整流のDC-DCコンバータのPWMサイクルにおいて、インダクタに継続して電流が流れるモードとゼロにとどまる期間を持つモードとがあり、前者を連続モード(CCM)、後者を不連続モード(DCM)といいます(図4)。CCMは比較的大電力な回路、DCMは小電力な回路で採用される傾向がありますが、それぞれ特徴があるのではっきり決まっているわけではありません。

コンバータ部の伝達関数(制御入力に対する出力電流の応答)はCCMとDCMで異なるので、それぞのモードに応じた帰還ループの補償が必要になります。しかし、CCMは出力電流の小さい領域ではDCMに遷移するので、広い範囲の負荷で特性良く制御するには帰還ループの設計が難しくなります。なお、同期整流では出力電流に関係なく常にCCMとなります。

臨界モード動作
図5. 臨界モードと谷点スイッチング

実は導通モードにはもう一つ、CCMとDCMの遷移点で動作するモードがあります。これの表記は文献によりバラツキが大きく、臨界モード(C-CCM)、遷移モード(TM)、境界モード(BCM)を確認していますが、ここでは臨界モードとします。C-CCMではこれを維持するため、動作条件の変化を追ってスイッチング周期が変化することになります(図5a-b)。

CCMに対するC-CCMの利点は、ダイオードの導通損失とトランジスタのスイッチング損失を減らせることです。ダイオードの損失を減らせる理由は、C-CCMやDCMではスイッチングがゼロ電流で行われるため、低速な(VFの低い)FRDを使えることによります。トランジスタの損失を減らせる理由は、C-CCMの特徴である疑似共振制御による谷点スイッチングといって図5cに示すように、浮遊容量による共振を利用したVDSの低い状態でのスイッチング(昇圧比が2以上ならほぼZVS)が可能となるからです。欠点は、電流のピークやリプルがCCMより大きくなる(DCM程ではないが)ため、インダクタのサイズが大きくなったりフィルタへの負担が増えることです。

PFC回路では、コストや効率のバランスの点で100~150Wを境にそれ以下ではC-CCM、それ以上ではCCMが選ばれています。DCMだけで動作するPFC回路は無いようです(あってもLEDライトなどごく小容量なものでしょう)。このプロジェクトでは以下に説明する制御方式の都合もあり、C-CCMを採用しました。

センサレス電流制御

C-CCMでは電流指令でインダクタのピーク電流を制御し、その平均値は常にピーク電流の半分となります。PWMサイクルにおいて、トランジスタがONするとインダクタ電流iLは直線的に上昇し、指令値に達するとトランジスタはOFFし、出力にエネルギーが伝達されます。代表的なC-CCM PFCコントローラでは、iLはトランジスタのソースに挿入されたシャント抵抗で検出されます。しかし、使用した汎用マイコンのペリフェラルはそのようなアナログ的な制御には向いていないので、このプロジェクトでは電流検出なしでの電流制御を試してみました。

これはどういうことかと言うと、実はコンバータ入力電圧の瞬時値vINとインダクタの値Lが分かっていれば、
iL = vIN * t / L
(iLはインダクタ電流、tはトランジスタON時間)にしたがい、ソフトウェア演算により指定した電流に達するのに必要なON時間tが推定できるのです。これはPWMサイクル毎にインダクタ電流がゼロになるC-CCMやDCMならではで、CCMでは前サイクルの誤差が蓄積するため推定による電流制御は困難です。

なお、iLtに対して正確に線形なわけではありません。入力部にはPWMのパルス電流が電源ラインにダダ洩れになるのを防ぐためのラインフィルタがあり、これはパルス電流のような高周波成分に対しては大きなインピーダンスを持ちます。このため、昇圧コンバータ手前には小容量のデカップリングキャパシタCINが挿入されます。パルス電流が全てCINから供給されるとすると、
iL = vIN * sqrt(CIN / L) * sin(t / sqrt(CIN * L))
となります。実際の回路の動作条件に当てはめてみたところ、tが最も大きくなる条件では理想値より4%ほど低い値となります。実際はこれほど大きな誤差にはならず、オフセットの方向も安全側なのでほぼ線形とみなして問題なさそうです。

ゼロ電流の推定

代表的なC-CCM PFCコントローラでは、LBOOSTに設けられた補助巻線に誘起する電圧をOFF期間にモニタすることでゼロ電流を検出し、次のサイクル開始のタイミングを得ています。補助巻線はまた、PFCコントローラの電源供給も兼ねています。このプロジェクトでは別に設けた補助電源回路からシステム電源を得ているので、LBOOSTに補助巻線はありません。したがって、インダクタ電流が減衰するタイミングtDCもセンサレスで推定することになります。そしてこの時間にリンギングの半周期を足したタイミングでONすることで谷点スイッチングを実現します。
tDC = tON * (vIN / (vOUT - vIN))

C-CCMではスイッチング周波数がvINのピーク付近で低く、谷付近で上昇します。この傾向は電流指令が小さくなる(高入力電圧・軽負荷)ほど顕著になります。スイッチング周波数は際限なく高くすることはできないので、最大周波数を設定して制限にかかる期間はDCM動作に移行します。DCMでは指令値通りの電流にならないため、DCMとなる位相が多くを占めると入力電流が歪んで三角波のようになります。DCM用の演算で補正することもできますが、許容値を超えるほどの歪みではないし演算も重くなる(sqrt()が必要)ので、対策はしないことにしました。

それとは逆に、電流指令が大きくなる(低入力電圧・重負荷)と最大インダクタ電流の制限にかかり、入力電流のピークがクリップされて台形波のようになります。このように、入力電圧と出力電力の条件をあまり広くとると、すべての条件にわたって完全な力率補正をすることは困難になります。

このC-CCM PFC回路の動作を計算するためスプレッドシート pfc1.xlsx を作成してみました。入力パラメータは、入出力電圧、インダクタ値、最大インダクタ電流、最大スイッチング周波数および電流指令値で、それに対する入力半サイクル期間の入力電流波形やスイッチング周波数、出力電力などが得られます。電流指令はピーク電流値ではなくON時間で与えるようになっていますが、これは電流指令とON時間が等価であることに着目して実機の制御コードがそのように処理しているのでそれに合わせているからです。

出力電圧制御

電圧フィードバック制御がメジャー制御ループとなり、PFC回路の出力電圧を一定に制御します。基本的なPFC回路では、電圧制御ループの帯域が10Hzかそれ以下に設定されていて、負荷や電源のステップ変化に対する制定時間は200~300msに及びます。これほど制御帯域を制限しなければならない理由は、出力電圧に現れる電源周波数由来のリプル成分(2 * fIN)に対して制御が行われないようにするためです。このリプル成分VRIPPLEは、図3に示すようにPFCが正常に機能している限り負荷電流に比例して現れるもので、大きさ(P-P値)は、
VRIPPLE = IOUT / (2π * COUT * fIN)
となります。これを抑えるように制御してしまうとPFCとしての機能を阻害し、入力電流が歪んでしまいます。COUTを大きくすればリプルは小さくなるので、COUTの値は負荷の許容するリプル電圧に応じて決めます。

ステップ応答を改善するには、制御帯域の拡大か負荷フィードフォワード補償しかありません。前者については、適応不感帯や適応ノッチフィルタなどで帰還電圧からリプル成分を除去する方法が提案・実用化されています。後者については、汎用PFCではまだ実用化されていないようです。

このプロジェクトでは適応コムフィルタとゲインバンド制御を組み合わせた方法を試してみました。コムフィルタには、矩形窓のFIRフィルタが基本周波数とその整数倍にノッチ点を持ちLPFも兼ねてることに着目し、これを代わりに利用しています。計算量もコムフィルタ同様ごくわずかなので、安価なマイコンには最適なフィルタと言えます。

PFC機能の実装と動作

PFC機能の実装
図6. PFC制御ブロック図

図6に実装したPFC機能の制御システム図を示します。これらの制御は、31.25 kHzのタイマ割り込み(LPTIM1)で駆動されます。CPU負荷軽減のため、PFC機能については電圧制御と電流制御の2フェーズに分けて処理をしているので、実際には15.625 kHzでの制御となりますが、それでもPFCには十分な制御周期と言えます。

STM32L010のコアはCortex-M0+なので、FPUはもちろん除算命令さえありません。ソフトウェア除算はかなり重いため、リアルタイム処理では定数除算を乗算と右シフトに置き換えるなど、なるべく除算を使わないようにする必要があります。また、標準の除算ルーチンは極度な最適化のため、実行時間が入力値に依存して大幅に変わります。しかし、これではリアルタイム処理には使いにくいので、自前の除算ルーチンを使用しています。

PFC部の回路
図7. PFC部回路図

図7にPFC部の回路を示します。回路図中の赤文字と青文字は、本文で示すオシロ波形のプローブポイントに対応します。STM32L010にはタイマが全部合わせて4本しかなく、TIM2を昇圧PWM、TIM21を降圧PWM、LPTIM1を各制御ループ、SysTickをスーパーバイザに割り当てているので残りはありません。機能を欲張ったためIO端子も全部使ってしまい、ギリギリ詰め込めた感じです:-)

L3がブーストインダクタで、EER28L(PC40)コアにギャップ0.5mm、80ターンとしています。巻線はφ0.5UEW×3条としていますが、リッツ線が入手できればそちらの方がベターです。制御部の電源は、オフラインレギュレータ(LNK304D)で生成しているので、プログラムのデバッグなどでPFC機能が停止している間も安定な電源供給が可能になっています。

電流センサレスとは言っているものの、実際の回路ではトリップ機能付きゲートドライバ(IR2127S)で電流検出を行っています。これは、過渡状態やデバッグ中のミスその他不正動作による過電流から回路を保護するためで、通常は働きません。STM32のタイマにも同様にPWMパルス単位のトリップ機能があるのですが、外付け部品が多くなってしまうので便利なゲートドライバで済ませています。

各部の動作波形
図8. PFC回路のvIN-iIN-vOUT波形
図9. 負荷ステップ応答(iIN-vOUT)

図8に100%負荷時の入力電圧と入力電流の波形を示します(Ch1:電圧C, Ch2:電圧B, Ch4:電流A)。絶縁トランスのヒステリシスが悪いせいか入力電圧が歪んでいますが、それを正確に反映した電流波形となっていて、PFC回路が純抵抗負荷として振る舞っているのが分かります。また、図9に負荷ステップ応答(50%→100%→50%)を示します(Ch1:電圧C, Ch4:電流A)。従来型PFCのようなオーバーシュートやアンダーシュートは無く制定時間も20~50ms程度と、電子安定器のPFCとしては十分すぎる結果となりました。

表2. PFC各動作条件のスイッチング波形
VIN=115 V, POUT=50 WCycleZoom 1Zoom 2
VIN=115 V, POUT=100 WCycleZoom 1Zoom 2
VIN= 90 V, POUT=100 WCycleZoom 1Zoom 2
VIN=115 V, POUT=0 WCycleZoom 1

表2に各入出力条件における動作波形を示します(Ch1:電圧F, Ch2:電圧E, Ch4:電流D)。各部のスイッチング波形から、谷点スイッチングが安定に行われているのが確認できます。入力電流が最大になる条件(90V入力,100%負荷)では、インダクタピーク電流の制限にかかり、ピークがフラットになっているのが確認できます。この条件では入力電流の歪率がやや悪化します。無負荷時は、間欠動作に移行します。導通モードもDCMとなっているので、ハードスイッチングになっています。リンギング周期からスイッチノードに付く各浮遊容量はトータルで160 pF程度とみられます。また、マイコンに制御ログを出力させてみたのが control_log.xlsx です。入力半サイクルの間にどのようにPWMタイミングを変化させているかよく分かり、意図した動作になっていることも確認できます。

谷点スイッチングの効率は意外に良いようで、トランジスタには小さなヒートシンクを付けているだけですが、全負荷時もほんのり暖かくなる程度でした。その一方で最も発熱する部品が整流ブリッジとインダクタで、損失の多くを占めているようです。このため、先進的なPFC回路では整流ブリッジをトランジスタで置き換えた設計として効率を高めています。

電子安定器の設計と製作(ランプ制御編)

HIDランプの特性

図10. HIDランプの放電特性

図10にHIDランプの電流-電圧特性を示します。よく見る放電管の特性カーブですが、HIDランプは蛍光ランプなどの真空放電ランプに比べて放電管圧力がはるかに高いため、放電開始に必要となる絶縁破壊電圧(火花電圧)VBは、DCで1kV、パルスでは2~3kV程度となっています。

HIDランプの始動方式はバラエティに富んでいて、チョーク式安定器の場合、補助電極式とパルス式に分けられます。前者は主に水銀ランプに見られるもので、補助電極により電源電圧で始動できるようにしたものです。後者はランプに高電圧パルスを与えて始動するタイプで、寿命や特性の改善のため補助電極を使わないランプ(主にメタルハライドランプやナトリウムランプ)で採用されます。このタイプは、始動器(スタータ)がランプ内蔵か外部かでさらに分類されます。電子安定器ではそれ自体が始動器を持つので、これに対応するランプは外部始動器タイプとなります。

メタルハライドランプの技術的要求仕様がIEC 61167とそれを基にしたJIS C 7623に示されているので、これを参考に電子安定器の制御仕様や動作パラメータを決定します。

HIDランプ起動シーケンス

図11. HIDランプ起動シーケンス

図11にHIDランプ起動シーケンスを示します。VLはランプ電圧、ILはランプ電流です。

イグニッション

ランプにテイクオーバ(放電特性図の右のピークを乗り越えてアーク放電に移行)に必要な電圧(300V以上)を加えます。しかし、それだけではランプは絶縁状態のままで放電はしないので、同時にイグナイタで数kVの高電圧パルスを重畳して絶縁破壊(放電特性図の左のピークを乗り越えて放電開始)を起こします。

テイクオーバ

放電開始したら速やかにアーク放電移行に十分な(ランプ定格の0.25倍以上の電力となる)電流を供給します。グローインピーダンスは1~2kΩ程度あるので、定格電圧よりかなり高い電圧が必要になります。電極にホットスポットが形成されアーク放電に移行すると、ランプインピーダンスは劇的に下がります。この過程はほぼ一瞬のうちに進行します。アーク放電移行に失敗して立ち消えしたらイグニッションに戻ります。

ランナップ

アーク放電移行後、放電管温度が低いうちはランプインピーダンスは十数Ωと低く、電流制限(ランプ定格の2倍以下または安定器の電流容量)にかかって定格電力を供給できません。温度が上昇してくると放電管封入物(水銀、金属ハロゲン化物、ナトリウムアマルガムなど)が気化し、励起された金属原子による強い光を放ち始めます。蒸気圧の上昇につれランプインピーダンスも高くなり、供給電力も上昇します。定格電力に達したあとは定電力制御となりますが、その後もランプインピーダンスは上昇を続け、電流は減少していきます。

安定状態

数分後、放電管温度が熱的平衡に達するとランプインピーダンスも安定します。安定動作中のランプ電圧はそれぞれの仕様によりますが、85~115V程度となります。

HIDランプの放電管圧力は点灯中1~数気圧に達します。消灯直後は放電管圧力が高く火花電圧も高くなっているので、再始動には放電管温度が下がって圧力が低下するのを待たなければなりません。再始動時間はランプの種類や灯具の設計にもよりますが、水銀ランプやメタルハライドランプでは数分~十数分程度を要し、高圧ナトリウムランプでは1分以内です。

HIDランプ安定器の回路と動作

図12. ランプ駆動部回路図

図12にHIDランプ安定器のランプ駆動部の回路を示します。回路図中の赤文字と青文字は、本文で示すオシロ波形のプローブポイントに対応します。

降圧コンバータ

最初はC-CCM動作にするつもりでしたが、リプル電流が大きく動作条件を満たすにはインダクタが大型化しそうだったので、スプレッドシート buck.xlsx で計算しながら検討したあげく、結局CCM動作としました。数百Vをハードスイッチングするため、トランジスタQ2の損失はかなり大きく(最大3W程度)なっていました。損失の原因はダイオードリカバリーロスが多くを占めていたようで、フリーホイールダイオードをFRDからSiC SBDに替えてみたところ、Q2の損失は3割ほど減りました。

この回路のようにローサイドスイッチがダイオードの場合、初期状態および無負荷時はハイサイドドライバの電源を充電できなくなります。このため、PWM停止中はR9で充電を行い、動作開始後は無負荷でもフリーホイール動作(スイッチノードが0Vまで落ちる)を確保するため、ブリーダ抵抗R7で負荷電流を流すようにしています。

図13. ランプ制御ブロック図
図14. 動作波形

図13に降圧コンバータの制御図、図14に動作波形を示します(Ch1:電圧H, Ch2:電流J, Ch4:電流G)。降圧コンバータの制御モードは定電力制御となっていて、電流だけでなく出力電圧もフィードバックしています。電流制御(マイナーループ)は高速に制御する必要があるので、フィードバック要素の各係数を設定できるようにしています。電力制御(メジャーループ)は機敏に応答する必要はない(速すぎると電流制御と干渉してちらつきの原因になる)ので、I制御のみとしています。ランプ電力や各制御パラメータなどは数種類プリセットしておいて、サムホイールスイッチで簡単に切り換えできるようにしています。

DC-ACインバータ

降圧コンバータの出力は、Hブリッジインバータで矩形波交流電流に変換されランプに供給されます。音響的共鳴現象の防止の点および直列にイグナイタ(インダクタンス)が挿入されることもあり、周波数はあまり高くすることができません。このため、駆動周波数は通常100~数百Hzの範囲に設定されます。このプロジェクトでは200Hzとしました。

イグナイタ
図15. イグニッションパルス

ランプが放電開始前の無負荷の状態では出力電圧は360V程度になります。イグニッションキャパシタC30/C31は倍電圧整流により充電され、充電電圧がガスアレスタ(GDT)SG1のブレークダウン電圧(600V)に達するとGDTがONして、イグニッショントランスT1の一次側にはパルス電流が流れます。トランスの二次側はランプに直列に挿入され、ランプには数kVのパルス電圧が加えられます。イグナイタに対しては特にON/OFF制御は行っていませんが、ランプが放電を開始するとランプ電圧が下がるので自然にパルスは停止します。

T1がイグニッショントランスで、ジャンクのトロイダルコアを3連にして使用し、テフロン線を一次側5T(6.7μH)、二次側40T(430μH)としています。図15に出力パルスの波形(配線未接続時)を示します。パルスのピーク電圧は6kV程度、非常に急峻(80kV/μs程度)な立ち上がりで、配線の引き回しには注意が必要です。これによるマイコンの誤動作には遭遇していませんが、テスト中は基板上で放電して迷走するなどして、Hブリッジのトランジスタやゲートドライバをよく壊しました。パルス電圧は配線の浮遊容量で減衰するので、電子安定器の仕様で最大配線長(1.5~2m程度が多い)が設定されています。

動作ステート

図16. ステート図

HIDランプは寿命末期に異常な動作を示すことがあり、その場合も安全に停止しなければなりません。確実なランプ始動およびランプ動作状態の監視ため図16に示すステートを設けて動作状態を管理しています。

リセット

起動待機状態。両コンバータ停止。電源ONまたはBOD検出で常にこのステートに入ります。VINが規定の範囲に入ったら昇圧コンバータを起動し、VBUSが既定の電圧に達したらCT1とCT2をクリアしてイグニッションに遷移します。

イグニッション

降圧コンバータとインバータを起動し、ランプにパルス電圧を加えます。テイクオーバ成功したらCT1をクリアし、点灯中へ遷移します。T1時間経ってもテイクオーバ成功しないときはCT1をインクリメントし、CT1 < N1 ならイグニッション待機へ、CT1 == N1 ならイグニッション失敗(ランプ寿命または負荷オープン)としてフォールトへ遷移します。

点灯中

点灯開始後、放電管温度が安定しランプ電圧が規定の範囲に入ったら安定状態と見なします。立ち消えやランプ電圧異常、出力ショートを検出したらこのステートを抜けます。ランプ電圧異常は、ランプ電圧が規定の範囲をT2時間以上外れた状態を意味します。原因は、放電管リークによるランプ電圧低下、寿命によるランプ電圧上昇、外管リークによるウォームアップ不良などがあります。安定状態でT3時間以上経ったら点灯安定とみなしCT2をクリアします。ステートを抜けるときCT2をインクリメントし、CT2 < N2 のときはイグニッションへ、CT2 == N2 のときは安定点灯不能としてフォールトへ遷移します。

イグニッション待機

パルス電圧が連続して出力されるのを制限するため、インバータを停止しT4時間待機してから再びイグニッションに遷移します。

フォールト

ランプまたは配線の異常を検出した状態。全動作停止。

資料

Sign