長い間照明の主役を務めてきた蛍光灯ですが、去年の「水銀に関する水俣条約 第5回締約国会議」において、2027年までの蛍光ランプの生産終了が決まりました(特殊用途向けは除く)。蛍光灯は白熱電球とともに家庭用として最も身近にあった照明技術で、電気好きな子供なら誰もが興味を持ってこれらを光らせて遊んでいたと思います。私も小学生のころ白熱電球や蛍光灯をバラックで組んでみては楽しんでいました。何年か前に、当時のことを思い出して電池駆動蛍光灯の実験をしていますが、そういえば普通のAC電源駆動の実験については記事にしていなかったなぁ、ということで蛍光灯が終了してしまう前にこちらも押さえておくことにしました。
蛍光ランプは低圧水銀ランプの一種で、放電により生じる紫外線放射で蛍光物質を励起して可視光出力を得るものです。水銀原子の放射は真空放電下においては紫外線(UV-C)が殆どとなるため、高圧水銀ランプとは異なり、照明用としての透明タイプはありません。図1に蛍光ランプの構造を示します。放電管は直径15~35mm程度の細長いチューブ状で、内面には蛍光物質がコーティングされ、両端には電球のフィラメントに似た電極が設けられています。電極にはバリウムエミッタが塗布され、熱電子放出が効率よく行われるようになっています。放電管には微量(数mg)の水銀と希ガス(アルゴンまたはそれにクリプトンを加えた混合ガス)が0.003~0.006気圧で封入されます。ガラスの放電管は自在な形状に加工できるため、図に示した直管状だけでなく、照明器具のデザインに合わせて環状・平行状・コイル状など様々な形状の製品があります。
蛍光ランプの点灯回路に求められる機能は、放電を開始することと放電を安定に維持することです。まず、蛍光ランプの放電開始に必要なことは電極の予熱と高電圧の印加です。電極を熱することにより放電開始に必要な電圧が下がりますが、それでも電源電圧だけではブレークダウン電圧に足りないので、同時に高電圧を発生して電極間に印加します。そして、放電を開始したらランプ電流を適切なレベルに制御しなければなりません。放電管は電流が増えるほど電圧が低下する特性(負性抵抗という)を持つので、定電圧を加えると電流が際限なく増大して瞬時に破損してしまうからです。
最初からあるのが電磁バラスト(チョークコイル)を使用した点灯回路です。電磁バラストの点灯回路には放電開始方法の違いでいくつかのバリエーションがありますが、図2にその基本となる点灯管式を示します。FLは蛍光ランプ、Lはランプ電流を制限するためのチョークコイル、SWは放電開始機能の要となる点灯管です。点灯管は1939年にWestinghouse社で開発され、この上ないシンプルな機構により唯一の機械式スタータとして最後まで広く使われました。点灯管はグロースイッチとかスターターとも呼ばれるガス入り(アルゴンまたはネオン)放電管で、電極がバイメタルになっていて自動で開閉するスイッチとして動作します。点灯管の放電電圧は電源電圧より低く、かつランプ電圧より高く設定されています。ランプ電圧は管長に応じて高くなるため、点灯管もそれに応じたものを使用します。また、100-120V系の電源電圧では長い(高ワットの)ランプには電圧不足となります。このため、30W前後を境にそれ以上ではチョークコイルの代わりに単巻のリーケージトランスが使用されます。以下に図2の回路における電源投入から点灯までの動作を示します。
点灯管にはグロースイッチによる機械式のほか電子式(電子スタータ)もあり、素早い動作や長寿命などの特徴を持ち、広く普及しました。図3a-bに20W蛍光ランプの始動時における電源電流(青)とランプ電圧(黄)の波形を示します。機械式はグロースイッチが動作するまでの時間が長く、また数回の動作を経て点灯しています。一方、電子式では電源ONと同時に予熱を開始し、1秒で一発始動しているのが分かります。
図4に点灯中のランプ電圧(黄)と回路電流(青)の波形を示します。商用電源の低い周波数におけるAC放電では、半サイクルごとに消弧・再点弧を繰り返すため、ランプ電圧は矩形波に近いパルス性の波形となっています。細かいリプル波形は陽極振動によるものです。また、波形には表れませんが放電管中の荷電粒子の運動に起因する高周波振動も発生していて、AMラジオに妨害(点灯中のバズ音)を与えることがあります。ランプと点灯管に並列に入っているキャパシタCIは、点灯機能上は必要ありませんが、ランプから発生するEMIを防止するため必ず挿入されています。
電子回路技術の発達により、'80年代から電子バラストの研究開発が盛んになり、'90年代になると広く普及を始めました。電子バラストでは数十kHzの高周波電源(インバータ回路)でランプを駆動することにより、大きくて重いチョークコイルの劇的な小型軽量化を実現しています。また、蛍光ランプは高周波で駆動することでランプ効率が向上する特性があり、さらに電子バラスト自体の損失も少ないため、電磁バラストに比べてlm/Wが2~3割向上しています。'00年代以降に開発された効率や出力を向上させたタイプの蛍光ランプは、多くが専用の電子バラストで駆動する仕様となっています。図5に蛍光ランプ用電子バラストの代表的な構成を示します。今回製作するのはこのタイプの電子バラストです。
CRは共振キャパシタンスで、チョークコイルLRと共にマッチング回路を構成しています。インバータの動作周波数は共振周波数付近に設定されていて、インバータが動作開始すると大きな共振電流が流れます。また同時に、Qに応じた高電圧がランプ電極間に加わります。これにより、ランプの始動に必要な電極の余熱と高電圧の印可が行われます。そして、ランプが放電を開始すると共振回路に負荷抵抗が挿入されることとなり、Qが激減して自然に共振状態ではなくなります。チョークコイルはランプ電流を一定値に制御するリアクタンス素子として働きます。
原理的にはある一定の周波数でインバータが動作すればよいので、安価なもの(ランプ一体型に多い)や設計の古いものでは何の制御もない自励発振回路でインバータを構成しています。少し高級なもの(照明器具内蔵に多い)になると各種安全機能を備え、機能面では周波数を制御することで電極へのダメージを抑えて点滅寿命を伸ばしたりしています。もっと高級なものでは、外部制御によるディマー機能を持たせたり、電極の予熱に専用電源を設けて安定した予熱を行うとともに、始動後は予熱電流を切ってロスを減らすタイプもあります。
蛍光ランプ用電子バラストでは回路定数によってランプの駆動条件を設定します。このため、HID用電子バラストのようなユニバーサルタイプとすることはできず、各ランプの仕様に合わせた専用設計となります。設計と言っても構成要素はごく少なく、ランプ電力を設定するため動作周波数とマッチング回路の定数を決めることくらいとなります。図6にマッチング回路のシミュレーションを示します。R2/R3は測定したフィラメント抵抗、R1はランプスペックから算出した放電抵抗を設定します。ランプ抵抗は放電開始前と放電中で大きく変化するため、.step命令を使って2通りの値(1MΩと147Ω)においてシミュレーションを行います。ただし、フィラメント抵抗もランプ抵抗も実際にはどちらも変動したり非線形だったりするので、ラフなシミュレーションとなります。
インバータ出力は実際には矩形波ですが、高調波はチョークコイルでほとんどブロックされてしまい、動作への影響は僅かです。このため、インバータ出力を正弦波と見なして解析の単純化を図りました。例えば、電源入力を100Vとした場合、バス電圧は約130V、インバータ出力は65Vの矩形波、その基本波成分のピーク値は83Vとなるので、V1にこれを設定します。結果もピーク値なので、実効値はその0.71倍であることに注意する必要があります。
実のところ、ワンチップで電子バラストを構成できる専用制御ICが数多く存在するので、普通はそれを利用するのが最も手軽でしょう。しかし、それではプロジェクトの面白味が無いので、マイコンを使ったデジタル制御で行ってみることにしました。図7に製作した電子バラストとその回路図を示します。対応ランプは、最もよく使われている18/20Wの一般形蛍光ランプとしました。なお、27/30W用の電子バラストも製作していますが、機能は変わらないので、個別の解説は省いて資料の中に置いておくにとどめます。
コントローラにはMicrochipの8ピンマイコンATtiny45を使用しました。このマイコンは、インバータ制御に適した機能を持つため、このような用途にはうってつけと言えます。U3はゲートドライバで、Q2/Q3のハーフブリッジを駆動します。インバータ出力のR4とC14は、スナバを兼ねたコントローラ部の補助電源となっています。チョークコイルL1は、コアにPC40EI25-Z(gap=0.3)、主巻線にリッツ線(0.08×30)を49T、補助巻線にラッピング線を1Tとしました。
ランプの放電状態を監視して制御するため、何らかの方法でそれを検出する必要があります。いくつかの方法がありますが、このプロジェクトではインダクタ電流を利用しています。L1の補助巻線はそのために設けていて、これに誘起する電圧をピーク検波してマイコンのADCに入力しています。インダクタ電流を正弦波と仮定するとC点の電圧Vは、
V = (2π・f・L・IL・N - VF)・R6 / (R6 + R7)
(ここで、ILはインダクタピーク電流、Nは巻数比(1/49)、VFはD6の順方向電圧)となります。
電極のエミッタは、イオンの衝突に伴うスパッタリングにより、点灯中は継続して消耗していきます。エミッタが尽きると、陰極降下が上昇 → ランプ電圧が上昇 → 電流不足で立ち消え → 再スタートを繰り返す、となりランプの寿命となります。また、エミッタの消耗を加速する要因として、点滅サイクルがあります。蛍光灯の点滅を頻繁に行うとランプ寿命を縮める、というのは誰もが聞いたことがあるでしょう。実際どの程度影響するのか、ある蛍光ランプのテストデータから計算してみました。その結果、点滅サイクル当たりの寿命短縮は、予熱始動では0.7時間、瞬時始動ではなんと2.9時間となりました。
蛍光ランプの始動方式には電極の予熱の有無により、予熱始動(プリヒートスタート)と瞬時始動(ノンプリヒートスタート)に分類できます。予熱始動では、電極に通電して0.5~1秒程度予熱し、熱電子放出が始まってからランプ電圧を徐々に上げて放電を開始します。こうすることで低電流・低電圧でスムースにアーク放電を開始することができ、電極へのダメージを少なくできます。瞬時始動では、予熱を行わずランプに過剰な高電圧を加えることで瞬時に放電を開始します。放電により電極が加熱されるまではグロー放電となり、その後アーク放電に移行します。利用者にとって白熱ランプのように点灯することは魅力的なのですが、グロー放電はエミッタを著しく消耗させてしまうという問題があります。このように、蛍光ランプの始動の基本は予熱始動で、瞬時始動は安価な電子バラストやスリムライン蛍光灯が採用するのみです。
ランプ始動と放電制御は次に示す工程で行います。また、図8にそのステート図を示します。
図9aに予熱始動時のインバータ電流とランプ電圧を示します。予熱中は、インバータ電流、ランプ電圧共に低く保たれ、イグニッション時も150 VPK程度と低い電圧で放電開始しています。図9bは瞬時始動の例です。動作開始と同時に大きな共振電流が流れ、ランプ電圧はピーク値500 V以上に達して瞬時に放電開始しています。放電開始後30ms程度の間はグロー放電が継続し、その後アーク放電に移行しています。